執筆:西村 麻美

日本株投資テーマとして水素が注目されている。温暖化ガス排出量の削減を目的として、日本は世界に先駆けて2017年に国の水素基本戦略が策定された。


1.水素戦略の背景

水素は再生可能エネルギーを含め多種多様なエネルギー源から製造し、貯蔵・運搬することができ、国内外を問わずどこからでも供給が可能である。このため、特定地域の化石燃料に大きく依存した日本の一次エネルギー供給構造を多様化できる事と燃料電池技術と組み合わせることで、運輸、電力のみならず、産業利用や熱利用、様々な領域での低炭素化が可能となる。2017年の戦略策定時には光ファイバー、石英の製造や石油精製等の工業分野で水素は使われていた。

日本政府が水素をエネルギーとして活用したい理由は、1)二酸化炭素の排出がゼロであることから環境問題を解決する事、2)燃料電池分野の特許出願数は日本が世界一である事から産業競争力強化になるからである。

菅政権になり、所信表明演説でグリーン社会の実現について述べていたが、2050年までに温暖化ガスの排出量を実質ゼロにするとの目標を掲げた。日本政府は2025年までに燃料電池車(FCV, Fuel Cell Vehicle)を20万台、2030年までに80万台という具体的な数値目標を掲げている。CO2ゼロの国策を実現するために2兆円の基金を創設し、今後10年間民間企業を継続して支援していくと菅首相は表明した。

2020年12月3日に開催された第5回成長戦略会議で2035年までにガソリン車廃止という方針が打ち出された。2018年の自動車新時代戦略会議では2030年に従来車(ガソリン車、ディーゼル車)が市場全体の30~50%。残りの50~70%が次世代車という目標が定められた。

また、東京都は2020年12月9日に2030年までに都内で販売される新車すべてをハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)、FCVなどの電動車に切り替える方針を発表した。ガソリン車の販売を国よりも約5年前倒しで止める方針である。

今回の国の2035年までにガソリン車廃止、また東京都の2030年までにガソリン車廃止との方針が決められた事により各自動車メーカーは次世代車の開発を前倒しにする必要に迫られたと言えるだろう。FCVに関しても各社開発を加速せざるを得ない状況になった。

2.水素エネルギーの市場規模

矢野経済研究所の予測によると、水素エネルギーシステムの市場規模は2020年度に製造業が81億円、輸送・貯蔵が292億円、利用(エネルギーとして利用)が579億円、合計が952億円、2050年度の製造業が557億円、製造・貯蔵が4,522億円、利用が7,210億円、合計が1兆2,289億円、2050年度の製造業が1,620億円、製造・貯蔵が8,550億円、利用が2兆7,770億円、合計が3兆7,940億円である。

(単位:億円) 2020年度   2030年度   2050年度
製造業    81        557       1,620
輸送・貯蔵   292      4,522       8,550
利用        579      7,210      27,770
合計        952     12,289      37,940

(出典:矢野経済研究所)

3.FCV

FCVとは、燃料電池で水素と酸素を化学反応させて発電し、そのエネルギーでモーターを回し、走る車。ガソリン車がガソリンスタンドで燃料を補給するように、燃料電池車は水素ステーションで水素を補給する。走行時に発生するのは水蒸気のみで、大気汚染の原因となる二酸化炭素などは全く排出されない。

トヨタ自動車が水素を使った燃料電池車のMIRAIの販売を2014年末に始め、2020年6月までに日米欧で10,000台以上を売った。しかし、トヨタの計画ほどMIRAIは売れていない。MIRAIの価格が710万円からと高い事、また、水素ステーション(FCVに水素を充填するステーション)の数が少ない事が普及の妨げになっている。2020年11月30日現在、全国の水素ステーションは135か所あるが、首都圏と中京圏に偏っている。

4.投資テーマとしての水素

日本株投資テーマとして水素関連ではFCV、家庭用燃料電池のエネファーム(水素燃料電池)がある。2020年6月時点でFCVは3,800台、エネファームは約35万台普及した。(出典:一般社団法人燃料電池開発情報センター)ただ、現時点でFCV、エネファームは普及レベルが低くまだまだ利益貢献できる状態ではなく、水素をテーマに完成車メーカーやエネルギー企業への投資には早過ぎる印象がある。

2021年に向けて水素関連で投資テーマとして現実的に考えられるのは水素ステーションなどのインフラ整備に関係している企業であると考える。FCVの普及には全国に水素ステーションを作る事が最優先事項であるだろう。日本水素ステーションネットワーク合同会社によると、2025年までに320か所の水素ステーションを建設する予定である。

5.水素ステーション関連銘柄

以下に水素ステーション関連銘柄をあげる。

岩谷産業(8088)

株価
(2020/12/10)
時価総額予想PERPBREB/EBITDA
5,850円3,035億円16.94倍1.54倍8.7倍

水素銘柄の中核。産業・家庭用ガス専門商社であり、LPG分野では国内シェアトップの総合エネルギー企業である。古くから水素を取り扱っており、水素の国内トップメーカーで国内シェアは約4割を占めている。日本で初めて商用水素ステーションを開設した。代替エネルギーの液化水素はシェア100%を誇る。

加地テック(6391)

株価
(2020/12/10)
時価総額 予想PER PBR EB/EBITDA
4,450円 70.6億円 35.55倍 1.22倍 15.2倍

三井E&Sホールディング子会社。石油化学などプラント向け特殊ガス圧縮機の 製造、販売、天然ガス自動車燃料充填用圧縮機、燃料電池自動車燃料充填用圧縮機 の製造、販売を手掛ける機械メーカー。水素ステーション向け燃料電池自動車充填用水素圧縮機を多数受注した。

三菱化工機(6331)

株価
(2020/12/10)
時価総額 予想PER PBR EB/EBITDA
3,175円 241億円 13.54倍 1.05倍 6.5倍

   三菱グループの機械製造メーカー。化学工業に携わる機械の製造を主業務としており、水素発生装置は業界シェアトップクラス。他にプラント用・環境用などの機械製品を扱う。水素ステーションに、小型オンサイト水素製造装置「HyGeia(ハイジェイア)」が数多く採用されている。

エア・ウォーター(4088)

株価
(2020/12/10)
時価総額 予想PER PBR EB/EBITDA
1,778円 4,085億円 13.95倍 1.19倍 7.9倍

 総合ガス企業。大陽日酸、日本エア・リキードと並び、日本での3大産業ガスメーカーの一つ。産業用ガス、医療用ガスを主に手掛ける。FCV向けなどの移動式水素ステ ーションを開発・販売。主に北海道地域で採用されている。

那須電機鉄工(5922)

株価
(2020/12/10)
時価総額 予想PER PBR EB/EBITDA
12,410円 148億円 20.68倍 0.74倍 5.2倍

   電力、通信、道路などの公共基幹産業に鉄塔をはじめとする資材の製作・販売会社。独自のナノ化鉄チタン合金を使った水素吸蔵タンクを開発。大容量の定置式水素貯蔵設備や、余剰電力を貯めておく水素貯蔵設備、また、非常用の燃料電池向け長期水素貯蔵設備などでの利用が期待される。

宮入バルブ製作所(6495)

株価
(2020/12/10)
時価総額 予想PER PBR EB/EBITDA
219円 106億円 210.58倍 2.76倍 46.2倍

LPG容器用バルブの老舗で業界2位。船舶用やLNG用も展開。LNG(液化天然ガス)や液体水素の設備で使用される極低温バルブ類の開発・販売に注力していく方針。2020年10月に、インターバルブテクノロジーおよびBGITとの業務提携を発表。

山王(3441)

株価
(2020/12/10)
時価総額 予想PER PBR EB/EBITDA
1,707円 85億円 21.01倍 1.82倍 20.2倍

電子機器用コネクターのメッキ加工会社。金メッキが主。高純度の水素の精製に必要な「水素透過膜」を製造している。水素を安価に製造できる「金属複合水素透過膜」の特許を取得した。従来はセラミックと貴金属を組み合わせて水素透過膜を製造しているが、セラミックには強度の問題があった。金属複合水素透過膜はセラミックの代わりに、多孔質の金属材料を使って強度を高める。また、貴金属の部分を約10分の1に薄く加工できる利点があり、高価な貴金属の使用量を大幅に減らせるため、製造コストの低減につながると期待されている。

オーバル(7727)

株価
(2020/12/10)
時価総額 予想PER PBR EB/EBITDA
353円 89億円 121.72倍 0.63倍 12.4倍

流量計など流体計測機器の最大手。主に工業用流量計及び付属機器、関連システムを製造、販売。水素の充填圧力を測定する超高圧の流量計などを手掛ける。


プロフィール

西村麻実 / MamiNishimura

株式会社クリプタクト
マーケットアナリスト 西村 麻美

新卒でメリルリンチ証券東京支店入社後コーネル大学経営大学院にMBA留学。
卒業後東京に戻りHSBCアセットマネージメントにて日本株アナリスト、年金運用、アライアンスバーンスタイン東京支店にてプロダクト・マネージャーとして勤務後フリーランスのコンサルタントを経て現職。


当社は、本記事の内容につき、その正確性や完全性について意見を表明し、また保証するものではございません。記載した情報、予想および判断は有価証券の購入、売却、デリバティブ取引、その他の取引を推奨し、勧誘するものではございません。過去の実績や予想・意見は、将来の結果を保証するものではございません。
提供する情報等は作成時現在のものであり、今後予告なしに変更または削除されることがございます。当社は本記事の内容に依拠してお客様が取った行動の結果に対し責任を負うものではございません。投資にかかる最終決定は、お客様ご自身の判断と責任でなさるようお願いいたします。
本記事の内容に関する一切の権利は当社に帰属し、当社の事前の書面による了承なしに転用・複製・配布することはできません。